リレーエッセイ第3回 上田剛さん(平成元年卒)

リレーエッセイ第3回 上田剛

私、上田剛は平成元年に卒業し、名古屋市役所に勤務しています(観光文化交流局文化振興室長)。名古屋市には名古屋大学経済学部出身の職員で構成する「丸八キタン会」という組織があり、うわさではキタン会の中では最大の構成員数となっているそうです。
実際、名古屋市職員に占めるキタニアンの割合はかなり高く、名大法学部の「二の丸会」と二分する一大勢力(?)となっていますが、反面、あまりの多さに希少価値が乏しく横のつながりも淡泊な印象です。

大学時代の思い出としては、2年生の夏休みに1か月間、アメリカを放浪旅行したことが心に残っています。
バブル景気と円高を背景に空前の海外旅行ブームが起こり、学生でも海外を気軽に楽しめるようになった頃です。同級生と二人で、往復航空券と最初の宿泊先の予約だけを手に気ままな旅行をしました。
路線バスを間違え道に迷っていたところを親切な老人に声をかけられ、自宅でお茶をご馳走になった上に車で最寄りまで送ってもらったり、国立公園で無届でテントサイトを利用して危うく警察に通報されそうになったり…。
振り返れば恥ずかしい若気の至りそのものですが、今ほどテロや無差別銃乱射事件などが頻発していない大らかな時代の「冒険旅行」は、その後の人生に少なからず影響を与えました。

4年生の卒論提出の際に、ちょっとしたアクシデントがありました。ちょうど出始めの「ワープロ(今はない専用機!)」が自宅にあったため、操作の練習も兼ねて卒論を執筆し、プリントアウトして提出しました。
ところが、当時の大学規定では、卒論は名大指定の原稿用紙に「手書きで」記述することとされ、ワープロ原稿は規定外のため受理できないというのです。
これに対して、ゼミの伊藤先生が大学側の対応に怒り、教授会で自分の責任で通すからといって教務と交渉してくださり、おかげで卒論は何とか受理されました。結果、私の卒論は名大経済学部で初の「ワープロ原稿による卒論」となったとのこと。手書きの方が珍しい今となっては、正に冗談のような話です。

日本全体がバブル景気の熱気に包まれた稀有な時代に、自由闊達な気風を旨とする名古屋大学に身を置いたおかげで、今日の私の信条ともいえる「時流を捉える」「やってみる」「何とかなるというポジティブ思考」を身に着けることができたのではないかと思います。

少子高齢化やデフレ、人口減少、近隣諸国との軋轢と、暗い話題ばかりがあふれ閉塞感の充満する昨今、様々な場面でこれまでにない新たな視点や斬新な発想、思い切ったチャレンジが求められています。旧来に囚われない自由さこそがキタニアンに期待されているのではないでしょうか。
早いもので、今年でちょうど卒業から30年を迎えました。この先も、名大経済学部仕込みの信条で乗り切っていけるものと信じています。

上田 剛(平成元年卒 伊藤正直ゼミ)