リレーエッセイ第4回 西田雅由さん(平成元年卒)

リレーエッセイ第4回 上田雅由さん

みなさん、こんにちは。平成元年卒の西田雅由です。第3回の上田さんからバトンを引き継ぎました。
卒業後は東邦ガスに入社し、愛知県内で11の職場を経験してきました。東邦ガスは地域に軸足を置いた会社なので、今後も東海3県のどこかで勤務するものと思っていましたが、この4月の異動で日本ガス協会勤務となり、現在は東京の虎ノ門に来ています。今までの会社人生の多くは営業部門だったのですが、11番目が広報部で、新聞やテレビの記者の方と仕事をさせていただきました。その流れが続いており、今の職場でも広報を担当しています。東京勤務も単身赴任も予想外ではありましたが、良い機会をもらったと思い、新鮮な気持ちで頑張っています。ちなみに私の最近の趣味はランニングなのですが、皇居、神宮外苑、代々木公園と走る場所には事欠きませんので、既に週末は十分ENJOYしています。

 

さて、大学時代はもう30年くらい以前の出来事になってしまうのですが、当時どんな学生時代だったかを思い返しますと、単位不足で困らないよう学業をこなしつつ、「①同級生やバスケットボールサークルを中心とした仲間との遊び(まじめなバスケットボールの練習を含みます)」、「②アルバイト」の2つを中心に過ごしていたという印象です。

大学時代の仲間とは、今も名古屋で定期的に集まって飲み会をしており、気兼ねなくお互いの意見を言い合ったり、苦労や悩みを語り合ったりできる、非常にありがたい存在です。また東京でも、来て早々に大学時代のバスケットボールサークルの飲み会がありました。異動してきて3週間くらいで、仕事も生活も慣れていないような時期だったのですが、おかげで精神的にかなり和むことができました。やはり大学時代の友人は大切な存在であり、良い人々に巡り合わせてくれた名古屋大学には感謝しています。

もう一つの中心であったアルバイトについても少し話をしたいと思います。まずは家庭教師。多い時は3人(合計で週2時間×5回)を担当していましたが、高校3年生を教えていた時は、さすがに私も「何とかせねば」とやる気とプレッシャーの混じったような感覚になり、いつも志望校の赤本をしっかり予習した上で生徒の家に向かっていました。本末転倒ですが、ある意味自分の大学の授業以上に一生懸命勉強していたような気がします。しかし結果は厳しいもので、残念ながら教え子は第一志望に受かりませんでした。たまたまその弟も教えており、引き続き生徒の家に行かなければなりませんでしたので、「不合格」という結果を聞いてからの数週間は、家庭教師の度に針のむしろに座る気持ちでした。その後何とか別の大学の合格を勝ち取ってくれた時は、自分のことのようにうれしかったです。

もう一つ長期間やっていたのが、メンズウェアの販売員です。当時は何となくファッションに興味があり(あの頃はデザイナーズブランドが流行っていました)、軽い気持ちで始めたアルバイトでしたが、販売員みんなで目標を共有し、商品の展示の仕方や配置などを工夫したり、お客さまにはどのように接すると購入につながりやすいかを考えてやってみたりと、営業を中心としたビジネスの基礎勉強のようなことができました。働く仲間にも恵まれ、とても楽しかったので、ほんのちょっぴり、「ここで就職するのも面白いかも」などと思うこともあったくらいでした。

私のケースが、大学生としてこれが正しい姿だったかというと、甚だ怪しい気もしますが、友人に恵まれ、また社会経験も多少なりとも積むことができたことは、卒業後の大きな糧になったと感じています。

取りとめのない話を書いてしまいましたが、2020年はめでたくもキタン会100周年。ちなみに東邦ガスはその2年後の2022年に100周年を迎えます。どちらもますます発展することを祈念しますとともに、そのために微力ながら努力していきたいと思います。

西田 雅由 (平成元年卒 小川英次ゼミ)