実行委員長ご挨拶

「感謝・愛・祈り」

私が名古屋大学に入ったのはS38年(1963年)のことです。各学部がバラバラに散在し、タコ足大学と言われた母校が東山キャンパスに統合され、第4回名大祭が初めて全学生集まって祝われた年でした。当時の経済学部は、塩野谷教授・末松教授・北川教授といった全国を代表する教授たちに溢れ、私を含めた経済学部生も希望と自信に満ちた時代でした。

わが国の経済も戦後の復興を果たし、資本主義・自由主義を世界で最も上手に活用した経済体制・社会体制をつくり上げ、翌S39年には世界の人々を招いて1回目の東京オリンピックをアジアで最初に開催しております。

それから55年が経過しました。あの時代希望に満ちていたわが国も、東京も青年たちも今は何とはなしにくたびれて、倦怠感に包まれております。そんな中で50余年前と同じように東京オリンピックが再び行われようとしておりますが、そこには希望はなく、今では倦怠と絶望の東京と表現してよいのではないでしょうか。

本来、人々を幸せに導くはずの経済学も、今ではその目標を見失い、いつの間にか人間疎外、科学と企業の暴走が始まっております。「資本主義はその成功ゆえに自壊する」というシュムペーターの予言通りに世界は進んで行くのでしょうか。拡大経済・資本の暴走を基本とする中央集権的な日本主義・東京主義は自壊のプロセスに入り、これに替わる新しい経済学・社会構築が求められております。

私はこの新しい経済学・社会構築として、名古屋市(もしくは愛知県)と名古屋大学に希望を託しております。名古屋市は東京・大阪に次ぐ日本で3番目の都市ではありません。疲弊した拡大主義・中央集権の東京に替わり、共存と分権を基本とした名古屋主義は、東京崩落の後にわが国をリードするモデルとなるべき都市と捉えております。そして名古屋大学の経済学部は、各分野で活躍するキタニアンとともに次のわが国の希望を生み出す学問を打ち立てなければなりません。

キタン会100周年を祝うことは、次なる日本の希望を名古屋から、名古屋大学からスタートさせることです。平和を創造すること。それが経済学であり、教授も学生もキタニアンも、破滅の経済学に別れを告げ、希望の経済学を発信しようではありませんか。

キタン会100周年記念実行委員長

嶺木昌行(S42卒)